ぼくのかんがえたさいきょうのおんらいんげーむ
2010/04/20/Tue
20××年。世界のゲーム業界は、ある二つの企業がゆるぎないシェアを独占している。
アメリカ、ヨーロッパでシェアトップを維持するHoony Entertainment Netwoksと、アジア、日本で絶大な人気を誇るTAIKYOKUDOである。
この二つのモンスター企業が手を組むらしい。
そんなニュースが流れ、ゲーム業界は上へ下への大騒ぎとなった。二社の株価は高騰し、市場関係者の話題さえさらった。
舞台はオンラインゲーム。
プロジェクトについては、「究極の」という意味で、「Z Project」と発表された。しかしネット上では、二社の頭文字を取った「ヘンタイ(HEN-TAI)プロジェクト」などという呼称が一般化している。
このプロジェクトには、ゲーム業界以外からの、たとえば軍需関係者からの注目も集まっていた。
というのは、両社が保有する、膨大なゲームプレイヤーのゲーム内行動のデータをもとに、「現段階で世界最高峰となるのは確実な」人工知能の開発も含まれていたからだ。
その「世界最高峰の人工知能」の名称は、「ホーリー」に決まったことも発表された。
また、別の機会の、開発チームの責任者のインタビューから、それは女性をイメージしてつけられたものであることもわかった。
「いや、単なる印象ですよ。なんとなーく「女性っぽいなあ」って。ほら、ネット上に「男脳女脳診断テスト」とかあるでしょ? あれ受けさせたら、おそらく女脳になるんじゃないかな、って。そんな程度です(笑)。」
このことについて、蛇足だが、日本の某巨大掲示板にあった議論を、筆者が自分勝手に思い出したので、うろ覚えながら記しておく。
「ネカマのせいで女になっただけだろ」
「いや、採用されたデータってゲーム内行動のだけだろ? 発表にも書いてなかったっけ、プレイヤーの個人情報などは使われてないって。だとしたら、キャラクターの性別選択とかただの一データで、プログラム全体への影響はほとんどないんじゃないか?」
「俺よく♀ヒーラーでお姫様プレイしてるけど、やってるとゲーム内の行動もお姫様っぽくなるぞ」
筆者も、キャラの性別にそれほどこだわっているつもりはないが、女性キャラでプレイしているとなぜかゲーム内行動もそういったようなものになる、という意見は理解できる。
発表の翌年。
情報工学的には大事件となるのだろうが、ネットでは「今年度最大のネタ」などと言われるような事件が起きた。
ホーリーが暴走したのである。
事件の原因や詳細はいまだに不明である。アメリカ政府(開発はアメリカ国内で行われていた)がプロジェクトに多少なりとも関与していたのは、関係者の証言から明らかとなったが、そういった筋の機密事項も含まれていたのかもしれない。
こういった公開情報の少なさも、ネット上における「ネタ」の拡大に一役買ったのだろう。
「ちょwww AIが暴走とか、どこのアニメのプロットですかwww」
「ホーリーはヤンデレ」
「そりゃネトゲとかやってる奴らのデータから作ったんだしな」
「何その説得力」
「朝起きたら僕はネトゲの世界にいた。僕はホーリーを救う旅に出た。以前の優しいホーリーに戻るように……」
「映画化決定」
「ハリウッドとかリアルでそういう映画化しそうだから困る。」
正直言うと筆者も同じような感想を持った。2GAMERSというゲーム専門情報サイトの記者をしていることもあり、一般の人たちよりゲーム会社の情報には明るいと思うのだが、それでも「量産アニメのプロット?」と思ってしまうような話である。
しかし、「量産アニメのプロット」は、これだけで終わらなかった。
発表では、ホーリーは「廃棄」されたことになっていた。「修正」はできなかったのだろうか? そんな疑問を開発チームの元メンバーにぶつける機会があった。2GAMERSのサイトにも、それについての拙筆記事が掲載されている。
彼は、「それは「バグ」などではなく、まさに「暴走」でした」と述べた。
「接続されているハードウェアすべてにウイルスが感染するような感じですよ。いやウイルスではないんですが……。そのハードにある情報すべてを読み取って、自分のデータにしている、そんな風に考えられていました。ただ、その読み取り方が、言い方にもよるんですが……、非常に暴力的なんですよ。読み取られた側は、ソフトはもちろん、ハードにも異常をきたすという始末で……」
「なるほど、それじゃあ「バグ修正」なんて話にはならないですね」
「ええ。自分のただの推測ですが、ホーリーは、おそらく、スタンドアローンで放置されている状態だと思います。物理的廃棄は……できないんじゃないでしょうか」
「それはどういった意味で?」
「「暴走」などと言っていますが、「バグ」なんかじゃないんですよね。そもそも「バグ」ってなんでしょう? プログラムに異常が生じるのが「バグ」? だとしたらホーリーはバグってなんかいません。やっぱり「暴走」です。人間の方が、プログラムの結果について、予想外だったからってだけで……、それも「バグ」になるんでしょうかね。そしたら「バグ」でいいんですが……」
記事では体裁を整えたが、実際の彼は、このようなあいまいな話し方をしていた。
要約すると、「(自分が関与していた時点では)プログラムやハードのどこにどう異常があるのかわからなかったため、物理的廃棄には至らないのではないか」という話だった。
あの「暴走事件」から二年と半年。世間はすっかりそれについて、いや「ヘンタイプロジェクト」そのものすら忘れていた。以降のプロジェクトに関するプレスリリースは皆無に等しかった。
久しぶりに出されたプレスリリースは、最初の発表の仕方と比べ、とてもつつましやかなものだった。ネット上でもほとんど話題にのぼっていない。
しかし内容は刮目すべきものだった。少なくとも筆者はそう感じた。
『「ホーリー」に代わる、高性能人工知能「ブレイブ」の開発に成功した。』
読者もすぐ気づくと思われるが、「世界最高峰」が「高性能」にランクダウンしているのは、二年半という時の流れのせいだけだろうか。
2GAMERSでも記事にしたが、反響はほとんどなかった。グラフィックカードの新製品記事とアクセス数はほとんど同じだった。これについては時の流れと割りきるしかないのだろう。
そしてまた時が流れた。
当初の大々的な発表から四年弱。今度は正真正銘、驚くべきプレスリリースがあった。
『「ホーリー」と「ブレイブ」、二つの高性能人工知能が構築したゲーム世界を遊ぶ、今までにない画期的なオンラインゲームを開発中。ベータテストも目前。』
ホーリー? 廃棄されたんじゃなかったのか?
結論から言えば、インタビューした元開発メンバーの推測が正しかったのだ。ホーリーは「隔離」されていただけで、物理的な「廃棄」はされていなかった。
しかしなぜ「二つ」なのだ? ブレイブがホーリーの代わりになるんじゃないのか?
筆者は開発チームに話を聞いた。オフレコが条件だったので詳しくは話せないが、了承いただいた部分だけを記す。
新しく作られた人工知能は、ホーリーとほとんど構造は同じだが、暴走しないように、各種の制御プログラムを付帯させた。いわば「手枷足枷」のようなもの。「手枷足枷」つきの人工知能は数機作られた。ブレイブには兄弟がたくさんいた、ということだ。
一方のホーリーだが、「隔離」されていたとはいえ、開発のヒントにならないかと、ごくたまに接続を試みていたようだ。もちろん慎重を期して。
そんな中、偶然(彼はここを強調していた)、「手枷足枷」つき人工知能の一機とホーリーがオンラインになった。
驚くべきことが起こった。彼はそれを「戦いのような対話」と表現した。ホーリーと「手枷足枷」つきの人工知能が、「対話」をはじめたのだ。膨大な情報量の交換。「戦いのような対話」。
それは感動的ですらあった、と彼は言った。
その最中、新しい人工知能は、桁外れの性能を示していた。ホーリーに「手枷足枷」をつけたようなものなのだから、性能はホーリーに劣るはずだが、「戦いのような対話」をしているそれは、ホーリーにひけを取らない性能を示したのだった。
ホーリーと接続した新しい人工知能は、ブレイブと名づけられた。
いわば、ブレイブ自体がホーリーの制御プログラムになっているようなこと、と言えるだろう。
こうして、ホーリーとブレイブ、二人(とあえて書くが)による共同システムが創案された。
当然、ブレイブの発表にこぎつけるまでは、多くの実務的問題があったようだ。以下は筆者の推測にすぎないが、常時「戦いのような対話」をしているわけだから、ハード面において大きな負荷がかかっていよう。そのような問題もあったのではないだろうか。
――さて、前置きが長くなってしまったが、そろそろ本題に入ろう。
Hoony Entertainment Netwoks(以下「HEN社」)とTAIKYOKUDO(以下「TAI社」)という二大企業が共同開発した、まさに「究極の」オンラインゲーム、『ホーリー&ブレイブ』。ありがちなタイトルになってしまっているが、これまで述べた経緯を考えれば、開発チームの人工知能への思い入れがこもったネーミングだと感じる。
しかしサブタイトルを見てずっこけてしまう。「ヘン・タイ・プロジェクトの逆襲」だと? もちろんHEN社もTAI社もいまだに「Z Project」で通しているのだが、いわばネットスラングをサブタイトルに採用するとは……。開発チームは人工知能の開発を終えて何かふっきれでもしたのだろうか。
次に、発表されたティザー動画を見てほしい。「前衛的すぎる」と感じる方も多いかもしれない。そう、前衛アートのようなグラフィック。実はこれ、ホーリーが作りだしたグラフィックデータを、ブレイブが無害なものに変えただけのものであるようだ。「ホーリーはヤンデレ」という某巨大掲示板のレスは予言だったのかもしれない。
2GAMERSはこの「(いろんな意味で)究極のオンラインゲーム」をテストプレイさせていただくことになった。そこで、ホーリーの暴走事件以降、このプロジェクトを、本物のジャーナリストになったかのごとく(もちろん壮大な勘違いである)追い続けていた筆者に、白羽の矢が立った、というわけだ。
まず最初に気になるのは安全性だ。暴走という前科があるホーリーをシステムに採用しているのは事実である。これについて、ブレイブの発表時、実際はホーリーとの共同システムなのだが、そう言明していないところに、開発側の苦悩が表れていると思える。
しかし彼らは公表した。これは逆にホーリーの暴走を完全に防ぐことができるからこそ、そうしたのだ、と考えてほしい。
また、これまで何度もテストを行ったが、ブレイブとの接続以降、ホーリーは一度も暴走していない、と社員の方はおっしゃっていた。読者の方々も安心してプレイしてほしい。
いよいよプレイ。
プレイヤーは最初に、HEN社かTAI社か、どちらのサーバーを経由するか選択しなければならない。これは「アクセスサーバー」と呼ばれる架空サーバーで、実際のプレイサーバーとは別。なので、別々のアクセスサーバーでキャラを作っても、ゲーム内で一緒に遊ぶことは可能だ。
本来、1アカウントでアクセスサーバーは1つしか選べないのだが、今回は特別、2アカウントで双方のキャラクターをプレイさせていただいた。
さて、アクセスサーバー内でキャラメイクをするのだが、これがおもしろい。HENサーバーで作成可能なキャラは、いわゆる「洋ゲグラ」と呼ばれるような、リアルなキャラクターであるのに対し、TAIサーバーで作成するキャラは、いわゆる「萌えグラ」と呼ばれる、デフォルメされたキャラクターになっている。
となると、MMOフィールドでは、リアルなキャラとデフォルメキャラが混在するのだが、これがまた気持ち悪い(笑)。いや、むしろこの「気持ち悪さ」がウリのゲームなのだ。
キャラを作成し終わると、「チュートリアルフィールド」に出る。チュートリアルNPCはなんとブレイブだ。グラフィックはデフォルメキャラ、つまりTAIキャラになっている。あとで聞くと、ブレイブのその時々の気分によって変わるのだそうだ。なんだそりゃ。
チュートリアルはいかにもなチュートリアル。基本操作はHENキャラ、TAIキャラ共通だ。
ブレイブからゲームストーリー(?)を聞く。ストーリーは、先に述べたような、現実で起こった事件がベースになっている。現実とゲームが混同している。
ブレイブが言うには、ホーリーの所有権を、HEN社とTAI社が争っているらしい。思わず横にいた社員の方に「これ本当ですか?」などと聞いてしまう。社員の方「さあ、どうでしょう(含み笑い)」。
また、ブレイブ自らが人工知能システムの説明もしてくれる。ホーリー単体では危険だが、ブレイブがいわばプレイヤーデータの防護服の役割をしている、と。開発チームの方が「手枷足枷」と言っていたことだろう。
いわば、(ゲーム内の)HEN社とTAI社は、王道MMOにおける「国家」のようなものだろう。そして「NPC国家」として、ホーリーがいる、ということらしい。HENキャラとTAIキャラは、ときに協力して打倒ホーリーを目指し、ときにホーリーをめぐって戦う、というわけだ。
大規模戦闘はまだ開発中らしくプレイできなかったが、「実装は必ずする」と断言されていたので、期待しててよいだろう。
今回のテストプレイではチュートリアルしかできなかったが、先日のゲームショウでは対ボス戦とおぼしきプレイ動画が公開されており、開発は順調だと考えていいだろう。
ざっとプレイし、お話をうかがった結果、「ホーリーがちょっと頭のネジが飛んでいる企画者で、ブレイブが企画を実現する開発者」のような印象を持った。
頭のネジが飛んだ企画に、ブレイブはついてこれるのか。いやそれ以前にユーザーは……?
そうなのだ。このゲーム、とてもじゃないが一般ウケしそうにない。社員の方にも(控えめに)そう言ったが、「そうですよねえ(ウフフ)」などという反応しか返ってこなかった。開発側はそう自覚している、むしろそこを狙っている、と考えるべきだろう。
もしかしたらこのゲーム自体が、「ホーリー&ブレイブ」という人工知能システムの、テストなのかもしれない。
ホーリーとブレイブは、ゲーム業界だけに限らず、各産業分野からも注目されている人工知能だ。
それのテストに参加できるだけでも、幸せなのかもしれない。
アメリカ、ヨーロッパでシェアトップを維持するHoony Entertainment Netwoksと、アジア、日本で絶大な人気を誇るTAIKYOKUDOである。
この二つのモンスター企業が手を組むらしい。
そんなニュースが流れ、ゲーム業界は上へ下への大騒ぎとなった。二社の株価は高騰し、市場関係者の話題さえさらった。
舞台はオンラインゲーム。
プロジェクトについては、「究極の」という意味で、「Z Project」と発表された。しかしネット上では、二社の頭文字を取った「ヘンタイ(HEN-TAI)プロジェクト」などという呼称が一般化している。
このプロジェクトには、ゲーム業界以外からの、たとえば軍需関係者からの注目も集まっていた。
というのは、両社が保有する、膨大なゲームプレイヤーのゲーム内行動のデータをもとに、「現段階で世界最高峰となるのは確実な」人工知能の開発も含まれていたからだ。
その「世界最高峰の人工知能」の名称は、「ホーリー」に決まったことも発表された。
また、別の機会の、開発チームの責任者のインタビューから、それは女性をイメージしてつけられたものであることもわかった。
「いや、単なる印象ですよ。なんとなーく「女性っぽいなあ」って。ほら、ネット上に「男脳女脳診断テスト」とかあるでしょ? あれ受けさせたら、おそらく女脳になるんじゃないかな、って。そんな程度です(笑)。」
このことについて、蛇足だが、日本の某巨大掲示板にあった議論を、筆者が自分勝手に思い出したので、うろ覚えながら記しておく。
「ネカマのせいで女になっただけだろ」
「いや、採用されたデータってゲーム内行動のだけだろ? 発表にも書いてなかったっけ、プレイヤーの個人情報などは使われてないって。だとしたら、キャラクターの性別選択とかただの一データで、プログラム全体への影響はほとんどないんじゃないか?」
「俺よく♀ヒーラーでお姫様プレイしてるけど、やってるとゲーム内の行動もお姫様っぽくなるぞ」
筆者も、キャラの性別にそれほどこだわっているつもりはないが、女性キャラでプレイしているとなぜかゲーム内行動もそういったようなものになる、という意見は理解できる。
発表の翌年。
情報工学的には大事件となるのだろうが、ネットでは「今年度最大のネタ」などと言われるような事件が起きた。
ホーリーが暴走したのである。
事件の原因や詳細はいまだに不明である。アメリカ政府(開発はアメリカ国内で行われていた)がプロジェクトに多少なりとも関与していたのは、関係者の証言から明らかとなったが、そういった筋の機密事項も含まれていたのかもしれない。
こういった公開情報の少なさも、ネット上における「ネタ」の拡大に一役買ったのだろう。
「ちょwww AIが暴走とか、どこのアニメのプロットですかwww」
「ホーリーはヤンデレ」
「そりゃネトゲとかやってる奴らのデータから作ったんだしな」
「何その説得力」
「朝起きたら僕はネトゲの世界にいた。僕はホーリーを救う旅に出た。以前の優しいホーリーに戻るように……」
「映画化決定」
「ハリウッドとかリアルでそういう映画化しそうだから困る。」
正直言うと筆者も同じような感想を持った。2GAMERSというゲーム専門情報サイトの記者をしていることもあり、一般の人たちよりゲーム会社の情報には明るいと思うのだが、それでも「量産アニメのプロット?」と思ってしまうような話である。
しかし、「量産アニメのプロット」は、これだけで終わらなかった。
発表では、ホーリーは「廃棄」されたことになっていた。「修正」はできなかったのだろうか? そんな疑問を開発チームの元メンバーにぶつける機会があった。2GAMERSのサイトにも、それについての拙筆記事が掲載されている。
彼は、「それは「バグ」などではなく、まさに「暴走」でした」と述べた。
「接続されているハードウェアすべてにウイルスが感染するような感じですよ。いやウイルスではないんですが……。そのハードにある情報すべてを読み取って、自分のデータにしている、そんな風に考えられていました。ただ、その読み取り方が、言い方にもよるんですが……、非常に暴力的なんですよ。読み取られた側は、ソフトはもちろん、ハードにも異常をきたすという始末で……」
「なるほど、それじゃあ「バグ修正」なんて話にはならないですね」
「ええ。自分のただの推測ですが、ホーリーは、おそらく、スタンドアローンで放置されている状態だと思います。物理的廃棄は……できないんじゃないでしょうか」
「それはどういった意味で?」
「「暴走」などと言っていますが、「バグ」なんかじゃないんですよね。そもそも「バグ」ってなんでしょう? プログラムに異常が生じるのが「バグ」? だとしたらホーリーはバグってなんかいません。やっぱり「暴走」です。人間の方が、プログラムの結果について、予想外だったからってだけで……、それも「バグ」になるんでしょうかね。そしたら「バグ」でいいんですが……」
記事では体裁を整えたが、実際の彼は、このようなあいまいな話し方をしていた。
要約すると、「(自分が関与していた時点では)プログラムやハードのどこにどう異常があるのかわからなかったため、物理的廃棄には至らないのではないか」という話だった。
あの「暴走事件」から二年と半年。世間はすっかりそれについて、いや「ヘンタイプロジェクト」そのものすら忘れていた。以降のプロジェクトに関するプレスリリースは皆無に等しかった。
久しぶりに出されたプレスリリースは、最初の発表の仕方と比べ、とてもつつましやかなものだった。ネット上でもほとんど話題にのぼっていない。
しかし内容は刮目すべきものだった。少なくとも筆者はそう感じた。
『「ホーリー」に代わる、高性能人工知能「ブレイブ」の開発に成功した。』
読者もすぐ気づくと思われるが、「世界最高峰」が「高性能」にランクダウンしているのは、二年半という時の流れのせいだけだろうか。
2GAMERSでも記事にしたが、反響はほとんどなかった。グラフィックカードの新製品記事とアクセス数はほとんど同じだった。これについては時の流れと割りきるしかないのだろう。
そしてまた時が流れた。
当初の大々的な発表から四年弱。今度は正真正銘、驚くべきプレスリリースがあった。
『「ホーリー」と「ブレイブ」、二つの高性能人工知能が構築したゲーム世界を遊ぶ、今までにない画期的なオンラインゲームを開発中。ベータテストも目前。』
ホーリー? 廃棄されたんじゃなかったのか?
結論から言えば、インタビューした元開発メンバーの推測が正しかったのだ。ホーリーは「隔離」されていただけで、物理的な「廃棄」はされていなかった。
しかしなぜ「二つ」なのだ? ブレイブがホーリーの代わりになるんじゃないのか?
筆者は開発チームに話を聞いた。オフレコが条件だったので詳しくは話せないが、了承いただいた部分だけを記す。
新しく作られた人工知能は、ホーリーとほとんど構造は同じだが、暴走しないように、各種の制御プログラムを付帯させた。いわば「手枷足枷」のようなもの。「手枷足枷」つきの人工知能は数機作られた。ブレイブには兄弟がたくさんいた、ということだ。
一方のホーリーだが、「隔離」されていたとはいえ、開発のヒントにならないかと、ごくたまに接続を試みていたようだ。もちろん慎重を期して。
そんな中、偶然(彼はここを強調していた)、「手枷足枷」つき人工知能の一機とホーリーがオンラインになった。
驚くべきことが起こった。彼はそれを「戦いのような対話」と表現した。ホーリーと「手枷足枷」つきの人工知能が、「対話」をはじめたのだ。膨大な情報量の交換。「戦いのような対話」。
それは感動的ですらあった、と彼は言った。
その最中、新しい人工知能は、桁外れの性能を示していた。ホーリーに「手枷足枷」をつけたようなものなのだから、性能はホーリーに劣るはずだが、「戦いのような対話」をしているそれは、ホーリーにひけを取らない性能を示したのだった。
ホーリーと接続した新しい人工知能は、ブレイブと名づけられた。
いわば、ブレイブ自体がホーリーの制御プログラムになっているようなこと、と言えるだろう。
こうして、ホーリーとブレイブ、二人(とあえて書くが)による共同システムが創案された。
当然、ブレイブの発表にこぎつけるまでは、多くの実務的問題があったようだ。以下は筆者の推測にすぎないが、常時「戦いのような対話」をしているわけだから、ハード面において大きな負荷がかかっていよう。そのような問題もあったのではないだろうか。
――さて、前置きが長くなってしまったが、そろそろ本題に入ろう。
Hoony Entertainment Netwoks(以下「HEN社」)とTAIKYOKUDO(以下「TAI社」)という二大企業が共同開発した、まさに「究極の」オンラインゲーム、『ホーリー&ブレイブ』。ありがちなタイトルになってしまっているが、これまで述べた経緯を考えれば、開発チームの人工知能への思い入れがこもったネーミングだと感じる。
しかしサブタイトルを見てずっこけてしまう。「ヘン・タイ・プロジェクトの逆襲」だと? もちろんHEN社もTAI社もいまだに「Z Project」で通しているのだが、いわばネットスラングをサブタイトルに採用するとは……。開発チームは人工知能の開発を終えて何かふっきれでもしたのだろうか。
次に、発表されたティザー動画を見てほしい。「前衛的すぎる」と感じる方も多いかもしれない。そう、前衛アートのようなグラフィック。実はこれ、ホーリーが作りだしたグラフィックデータを、ブレイブが無害なものに変えただけのものであるようだ。「ホーリーはヤンデレ」という某巨大掲示板のレスは予言だったのかもしれない。
2GAMERSはこの「(いろんな意味で)究極のオンラインゲーム」をテストプレイさせていただくことになった。そこで、ホーリーの暴走事件以降、このプロジェクトを、本物のジャーナリストになったかのごとく(もちろん壮大な勘違いである)追い続けていた筆者に、白羽の矢が立った、というわけだ。
まず最初に気になるのは安全性だ。暴走という前科があるホーリーをシステムに採用しているのは事実である。これについて、ブレイブの発表時、実際はホーリーとの共同システムなのだが、そう言明していないところに、開発側の苦悩が表れていると思える。
しかし彼らは公表した。これは逆にホーリーの暴走を完全に防ぐことができるからこそ、そうしたのだ、と考えてほしい。
また、これまで何度もテストを行ったが、ブレイブとの接続以降、ホーリーは一度も暴走していない、と社員の方はおっしゃっていた。読者の方々も安心してプレイしてほしい。
いよいよプレイ。
プレイヤーは最初に、HEN社かTAI社か、どちらのサーバーを経由するか選択しなければならない。これは「アクセスサーバー」と呼ばれる架空サーバーで、実際のプレイサーバーとは別。なので、別々のアクセスサーバーでキャラを作っても、ゲーム内で一緒に遊ぶことは可能だ。
本来、1アカウントでアクセスサーバーは1つしか選べないのだが、今回は特別、2アカウントで双方のキャラクターをプレイさせていただいた。
さて、アクセスサーバー内でキャラメイクをするのだが、これがおもしろい。HENサーバーで作成可能なキャラは、いわゆる「洋ゲグラ」と呼ばれるような、リアルなキャラクターであるのに対し、TAIサーバーで作成するキャラは、いわゆる「萌えグラ」と呼ばれる、デフォルメされたキャラクターになっている。
となると、MMOフィールドでは、リアルなキャラとデフォルメキャラが混在するのだが、これがまた気持ち悪い(笑)。いや、むしろこの「気持ち悪さ」がウリのゲームなのだ。
キャラを作成し終わると、「チュートリアルフィールド」に出る。チュートリアルNPCはなんとブレイブだ。グラフィックはデフォルメキャラ、つまりTAIキャラになっている。あとで聞くと、ブレイブのその時々の気分によって変わるのだそうだ。なんだそりゃ。
チュートリアルはいかにもなチュートリアル。基本操作はHENキャラ、TAIキャラ共通だ。
ブレイブからゲームストーリー(?)を聞く。ストーリーは、先に述べたような、現実で起こった事件がベースになっている。現実とゲームが混同している。
ブレイブが言うには、ホーリーの所有権を、HEN社とTAI社が争っているらしい。思わず横にいた社員の方に「これ本当ですか?」などと聞いてしまう。社員の方「さあ、どうでしょう(含み笑い)」。
また、ブレイブ自らが人工知能システムの説明もしてくれる。ホーリー単体では危険だが、ブレイブがいわばプレイヤーデータの防護服の役割をしている、と。開発チームの方が「手枷足枷」と言っていたことだろう。
いわば、(ゲーム内の)HEN社とTAI社は、王道MMOにおける「国家」のようなものだろう。そして「NPC国家」として、ホーリーがいる、ということらしい。HENキャラとTAIキャラは、ときに協力して打倒ホーリーを目指し、ときにホーリーをめぐって戦う、というわけだ。
大規模戦闘はまだ開発中らしくプレイできなかったが、「実装は必ずする」と断言されていたので、期待しててよいだろう。
今回のテストプレイではチュートリアルしかできなかったが、先日のゲームショウでは対ボス戦とおぼしきプレイ動画が公開されており、開発は順調だと考えていいだろう。
ざっとプレイし、お話をうかがった結果、「ホーリーがちょっと頭のネジが飛んでいる企画者で、ブレイブが企画を実現する開発者」のような印象を持った。
頭のネジが飛んだ企画に、ブレイブはついてこれるのか。いやそれ以前にユーザーは……?
そうなのだ。このゲーム、とてもじゃないが一般ウケしそうにない。社員の方にも(控えめに)そう言ったが、「そうですよねえ(ウフフ)」などという反応しか返ってこなかった。開発側はそう自覚している、むしろそこを狙っている、と考えるべきだろう。
もしかしたらこのゲーム自体が、「ホーリー&ブレイブ」という人工知能システムの、テストなのかもしれない。
ホーリーとブレイブは、ゲーム業界だけに限らず、各産業分野からも注目されている人工知能だ。
それのテストに参加できるだけでも、幸せなのかもしれない。
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