突然告白されたある女子。
告白したのはクラスメイトの男子で、まあ確かに他の男子よりかはよくしゃべっている。加えてその女子は他の女子とはあまりしゃべらないので、結果傍から見れば男女カップルとして成立してしまうのであろうことは、その女子自身わかっていたのだが。だが。
「ごめん、あんまり突然だから」
それしか言えなかった。オーケーでもノーでもない返事しかできなかった。
そういった告白がどういう意味を持っているかはわかっていた。その結果、マンガやドラマにあるような恋愛が始まるとも思ってない、あんなのは嘘だとわかっていた。
だけどマンガやドラマしか知らないのが困る。自分が。
「マンガやドラマのような嘘の恋愛をしてくれ」と言われた方がまだよかった。
「これは嘘の告白だ」と言われれば、マンガやドラマのような嘘の恋愛を彼とするのはやぶさかではなかった。
なので多分、最初、彼は嘘を言っている、わたしをからかっている、というような反応をしたのだと思う。
「……と、彼は彼女に告白したのであった」
などと彼をからかい返してしまったのだ。
それは嘘であってほしかったのだと思う。
嘘ならば、マンガやドラマのような恋愛を嘘としてしながら、実質これまでと変わりない彼との関係を続けられただろうから。
……などという言い訳を、その夜、女子はベッドの中でもんもんとし続けていた。
彼が求めているのはなんだろう。今までの関係ではない関係を求めているのだろうから、マンガやドラマにあるような恋愛を求めているのだろうか。もちろんそれにはセックスも含まれる。
それなら「嘘の告白だ」と言ってほしかった。わたしはマンガやドラマにあるような恋愛は嘘だと思えるから。そしてその嘘をつくのもやぶかさではないのだから。セックス含め。
マンガやドラマも、嘘だと思いながら見ていて、時々自分にもありうると思うシーンもあるので、全部嘘なわけじゃない。
そもそも今の関係だって嘘である場合がある。言いたいことを彼だからわざと言わずにいることがある。本当のことを言ったら壊れるであろうことなので、それは嘘だ。
しかし今の嘘の関係は、わりと楽だった。他の女子や男子との会話と比べて。
彼との会話はわたしをあまり刺激してこない。他の女子や男子との会話は、どこかカチンときてしまうことがあるので、言いたいことを、本当のことを言ってしまう。
……あれ? ならば、本当のことを言いあえるのが本当の友情や恋愛などならば、わたしは彼より他の女子や男子と友情や恋愛関係にあると言えないだろうか?
どうだろう。わからない。女子の中には、実際に会話するといつもカチンとくる子がいる。仮にA子としよう。わりと女子勢力では中心的立場にいる。
他の女子はA子のことを「さっぱりした性格」などと言うが、わたしにはとてもそう思えない。いつもわたしにとってカチンとくることを、わたしに限らず他の女子たちにも言う。全部が全部カチンとくるわけではないが、彼女の言い方はいつも「あなたと同じよ(私は)」だった。そこだけがカチンとくる。そこだけをいつも言ってくる。
当然A子とは険悪な雰囲気になるわけだが、毎日顔をあわせていれば多少はお互いわかりあえる、いやどうでもよくなってくるもので、要するに単にわたしがA子の口癖に慣れてきただけ。
その結果、現状のわたしとA子の関係は、お互い憎まれ口を叩きながら、それを他の女子にコントのようなものとして演じているフシが、少なくともわたしにはある。実際他の子から「トムとジェリーだ」などと笑われたことがある。どっちがトムでジェリーなのかはわからないが。
あれ? となると、A子との関係も嘘じゃないか。
わたしは最初、嘘ではない関係としてA子との会話を思い出してなかったっけ。
うん、A子とは嘘ではないと言いきれないが、嘘だとも言いきれない関係がある。今のA子はわたしに「あなたと同じよ」とは言ってこなくなっている。そもそも憎まれ口とは大体「あなたはそうで、私はこうで、違う」という意味であることが多くないだろうか。少なくともわたしの憎まれ口はそういう意味である場合が多い。
なのでA子との憎まれ口コントも、疲れはするが、あまりいやではない。新学期の頃と比べたらA子はずいぶんましになった。わたしにとって。
だけど、あの男子とは、A子とのような会話をしたことがない。彼はただ、「俺も同じ」というような言い方をあまりしてこなかっただけ。
そうだ、クラスの女子も男子も、いろんな言い方で「俺も私もあなたも同じ」と言ってくる。
彼だけはそうじゃなかった。
彼はいつもわたしの話に驚いていた。わたしも彼の話に驚いていた。「そんな風に考えるんだ」と。
よく話すようになって、まだ半年も経ってないのか、でも数ヶ月はずっと驚きっぱなしだった、とか書くと大げさだな、「なんかイガイー」という感じのことが多かった。
だけど「なんかイガイー」なのはA子もそうだった。わたしと会話して感情的になっているA子を、「A子らしくないよー」などと他の女子が言っていた記憶がある。
今わたしと「トムとジェリー」しているA子は、少なくとも新学期はじめて面会した頃と比べたら、「なんかイガイー」だ。
もちろん、A子とも彼とも「わたしも同じ」と思うことはある。だけど「わたしとは違う」ところもある。
A子との関係は、A子はどうか知らないけれど、少なくともわたしは、「わたしも同じ」と「わたしとは違う」が両立できる。
彼とは……、いや、彼ともそうだった。だから楽だった。A子との憎まれ口コントは疲れるけど、彼との「わたしも同じ」と「わたしとは違う」は、疲れずに言えた。
だけど。
告白されると、そしてそれをオーケーしても断っても、それがなくなってしまうんじゃないだろうか。「わたしも同じ」と「わたしとは違う」を疲れずに言える関係が。
オーケーしたら、憎まれ口コントと同じ、マンガやドラマのような恋愛という演技をしなければならない。それは疲れる。A子との関係と同じになってしまう。
断れば……、「わたしとは違う」だけになってしまうのか。A子との関係ではそれを求めていたのに。
同性愛タブーだろうか。自分に同性愛の人を嫌悪する感情は特にあるとは思っていなかったが、どこかで同性愛を避けているのだろうか。A子が女子でなければどうなっていただろう。
いや、待て待て。今は彼の方が問題なのだ、A子とのことはあくまで補助線でしかない。
同性愛を嫌ってるつもりは自分にはない。そもそも興味がない。わたしはただ「わたしも同じ」と「わたしとは違う」が両立すればいい。
そうか、これって、好きと嫌いのあいだなのかもしれない。
新学期早々のA子の「あなたと同じ」的な口癖を、わたしは「媚びまくり」などと批判した。逆に言えばA子は「私はクラスのみんな好きよ」と告白していたわけだ。それをちくちく批判されたなら、そりゃ感情的にもなるわなー。
……そっかー。
そっか。
そうだよね。
断るしかないのか。
ちゃんと考えれば。
なのになんで涙が出てくるんだろう?
断って、せめて「トムとジェリー」でいたい、なんつっても通じないだろうな。
……などと考えているうちに、女子は眠ってしまっていた。
空から泥水が降ってくる夢を見ていた。降りしきる泥水の中、自分は子供のように遊んでいた。
とてもリアルな夢で、起きて服装を確認したほどだったが、遅刻しそうだったのですぐ忘れてしまった。
男子からの告白は、オーケーもせず断りもせず、のらりくらりとかわし続けた。当然男子はそんな態度に不愉快さを示し、二人の関係は少しずつ疎遠になっていった。
女子は時々ベッドの中で泣いた。
そのたびに泥水が降る夢を見たわけではなかった。
とてもカラフルな泥だった気がする。プールとか水が目に入るとプリズムみたいになるじゃん、ああいうの。もちろん見たあとすぐ忘れてるんだから信憑性はないけれど。
泥水っつうかゲロ? つか「ゲロが空から降ってくる夢」の方がインパクトあらーな。
いや別にその告白事件以前から中島みゆきは聞いてたんだけどさ、
『泥は降りしきる』を歌っちゃうのは、そういうことかもなー。
マスターはどう思う? どうでもいいって?
まあ平気で一人で飲み歩くババアでもそんな時代があったって話さ。
あ、次? よし、おばちゃん張りきって歌っちゃうぞー。『ゲロは降りしきる』ってちゃうわっ。
不同不異ってね。あ、なんでもない。
ナァンダァ。
ああやばい、感情入りすぎてるかも。ま、飲み屋だからいいけど。
ゲロは降りしきる、ゲロは降りしきる。
みぞれまじり、プリズムまじり。
グッバイ。