「性的欲望を調節する」こととは「性関係を保護維持する」ことである。
2015/07/27/Mon
わたしは読んでないのでよくしらんが、佐々木中だかが「ファロスとは性的欲望の調節機能だ」とか言っているのを引用して、人間にはファロスがあるべきだというような論を展開していた人がいたが、この「性的欲望の調節機能」こそが、「性関係を一部として保護維持するための抑圧」なんだよな。
たとえばわたしはそういった例として、「性関係は存在しない」と口先だけで述べる男性に、その人の性的志向と思しき発言を指摘すると、「このぐらい(の性関係は)いいだろ」と言い返してきたことを挙げる。
「このぐらい」という「調節された性的欲望」を保護維持するために、彼は性的欲望を抑圧しているわけだ。
こういった彼の症状が、ファロスによるものだと考えられる、と。
「性的欲望を調節する」こととは「性関係を保護維持する」ことである、という話だ。わかりやすい。
このように、ファロスとは、それを抑えつけることで、一部として性関係を保護維持する機能としてあると言える。
ゆえに、「性関係は存在しない」ことを目指す精神分析において、もっとも厄介な精神構造となる。
こういった精神構造において精神分析は性的欲望の抑圧として機能し、すなわちそういった精神構造がむしろ性関係を保護維持するための言い訳として使われるからである。
佐々木中が言ったらしい「ファロスとは性的欲望の調節機能である」という文章を引用してファロスを擁護する考えなどがまさにそういった精神分析の使われ方なわけだ。
こういった人は精神分析やらないでほしいんだけどな(素)。
たとえばわたしはそういった例として、「性関係は存在しない」と口先だけで述べる男性に、その人の性的志向と思しき発言を指摘すると、「このぐらい(の性関係は)いいだろ」と言い返してきたことを挙げる。
「このぐらい」という「調節された性的欲望」を保護維持するために、彼は性的欲望を抑圧しているわけだ。
こういった彼の症状が、ファロスによるものだと考えられる、と。
「性的欲望を調節する」こととは「性関係を保護維持する」ことである、という話だ。わかりやすい。
このように、ファロスとは、それを抑えつけることで、一部として性関係を保護維持する機能としてあると言える。
ゆえに、「性関係は存在しない」ことを目指す精神分析において、もっとも厄介な精神構造となる。
こういった精神構造において精神分析は性的欲望の抑圧として機能し、すなわちそういった精神構造がむしろ性関係を保護維持するための言い訳として使われるからである。
佐々木中が言ったらしい「ファロスとは性的欲望の調節機能である」という文章を引用してファロスを擁護する考えなどがまさにそういった精神分析の使われ方なわけだ。
こういった人は精神分析やらないでほしいんだけどな(素)。
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