空気のドリル
2008/06/06/Fri
電話が鳴った。「電話が鳴った」と思っただけで、携帯電話か固定電話かわからなかった。「電話が鳴った」と思ったくせに、電話じゃないかもしれない、と思った。
電話は、わたしに詰め寄った。わたしを説得するかのように語り出した。何を説得されているのかわからなかった。
バスタブの栓を抜く。水が抜ける。宇宙が回る。粒子が渦巻く。排水口目がけて、空気のドリルが宇宙を貫く。
空気さえも、悪意なのだ。
空気というと、無害なものを、君たち人間は連想しがちだが、それは間違っている。ほら、今お前が見ている姿。これが空気の本性だ。悪意を剥き出しにした、物質の本性だ。唯物論の、真理だ。
唯物論に従って、わたしは通勤する。物質としてのわたしが電車に乗る。物質としての乗客の顔は、飛散したそうにうずうずしている。目や鼻や口や髪や皮膚や細胞一つ一つが拡散したがっている。
わたしは目を合わせられない。
電車の中はまだいい。これが街中だったら、会社の中だったら、うんざりしてしまう。
物質としての顔たちは、会釈をするたびに拡散する。音を立てて飛散する。
物質としての彼らは、漏斗のような形になる。顔が二頭身を通り越し、漏斗のように広がっている。だから様々なものを吸収できる。世界を吸い込んでいく。
吸収された世界は、窪んでいく。
山手線の内側は、窪んでいる。
電車はただ、漏斗の縁をぐるぐる回る。何万回回ってきたのだ? 回るたび、さらにドリルは穴を抉る。山手線の内側は、地底にある。冥界だ。そんなところに、何故わたしは通勤しているのだ?
渋谷から浜松町へ。数駅の間に、この電車は何周しているのだろう。わたしが気づいていないだけで、もう二十周ぐらいしているんじゃないか。だから目眩がするのだ。たった数駅乗っているだけで、こんなに気持ち悪くなるわけがない。
ドアが開く。浜松町だ。
わたしはいつもの通り、冥界をさまよい始める。排水されないように、栓の縁にしがみつく。机にしがみつく。パソコンを見続ける。
頭の上を通り過ぎる言葉が渦を巻く。わたしの頭頂部に穴を開けようとする。わたしは身を固くする。それでも堪え切れないと思うと、ふと立ち上がり、体を回転させる。視界をくるくる回す。空気のドリルに、穴を開けられないようにするため。
体内の粒子の渦巻きを、固定するため。
電話は、わたしに詰め寄った。わたしを説得するかのように語り出した。何を説得されているのかわからなかった。
バスタブの栓を抜く。水が抜ける。宇宙が回る。粒子が渦巻く。排水口目がけて、空気のドリルが宇宙を貫く。
空気さえも、悪意なのだ。
空気というと、無害なものを、君たち人間は連想しがちだが、それは間違っている。ほら、今お前が見ている姿。これが空気の本性だ。悪意を剥き出しにした、物質の本性だ。唯物論の、真理だ。
唯物論に従って、わたしは通勤する。物質としてのわたしが電車に乗る。物質としての乗客の顔は、飛散したそうにうずうずしている。目や鼻や口や髪や皮膚や細胞一つ一つが拡散したがっている。
わたしは目を合わせられない。
電車の中はまだいい。これが街中だったら、会社の中だったら、うんざりしてしまう。
物質としての顔たちは、会釈をするたびに拡散する。音を立てて飛散する。
物質としての彼らは、漏斗のような形になる。顔が二頭身を通り越し、漏斗のように広がっている。だから様々なものを吸収できる。世界を吸い込んでいく。
吸収された世界は、窪んでいく。
山手線の内側は、窪んでいる。
電車はただ、漏斗の縁をぐるぐる回る。何万回回ってきたのだ? 回るたび、さらにドリルは穴を抉る。山手線の内側は、地底にある。冥界だ。そんなところに、何故わたしは通勤しているのだ?
渋谷から浜松町へ。数駅の間に、この電車は何周しているのだろう。わたしが気づいていないだけで、もう二十周ぐらいしているんじゃないか。だから目眩がするのだ。たった数駅乗っているだけで、こんなに気持ち悪くなるわけがない。
ドアが開く。浜松町だ。
わたしはいつもの通り、冥界をさまよい始める。排水されないように、栓の縁にしがみつく。机にしがみつく。パソコンを見続ける。
頭の上を通り過ぎる言葉が渦を巻く。わたしの頭頂部に穴を開けようとする。わたしは身を固くする。それでも堪え切れないと思うと、ふと立ち上がり、体を回転させる。視界をくるくる回す。空気のドリルに、穴を開けられないようにするため。
体内の粒子の渦巻きを、固定するため。


