ふらふらの頭で考えたこと
2009/02/09/Mon
相変わらずうんこが出ない。
スーパーで買い物をしていた。釣り銭を受け取り損ねた。レジの人が拾ってくれた。
ただそれだけのことに涙が出そうになった。
滲む、とかそんなレベルじゃない。濁流だ。顔が涙をつめた風船にでもなったかのよう。
鼻を押さえながら品物を袋に入れ、そそくさと立ち去った。
部屋に戻り、さあ溢れろ、と思ったけど、涙は止まっていた。
濁った何かが頭の中に残っているようで気持ち悪い。というわけで中島みゆきを聞く。だけど泣けない。頭は冷めている。たとえば、そこで歌われている世界を精神分析の理屈で噛み砕いてしまう。
そうなると泣けない。
眠剤を飲む。ベッドに横になる。寝つけないけれど多少は楽になる。
昼過ぎ、ふらふらの頭で散歩に出る。
ある河川敷の横で立ち止まる。
空は曇っていた。川は濁っていた。
わたしにはそれらが出口に思えた。同時に、他の人はそれを抑圧的な風景として見るのだろう、と思った。
わたしの感覚は、たとえばそこが火災現場だとしたら、致命的なものとなる。煙が充満しているドアを見つけた。わたしはそこが出口と思ってしまう。
わたしは焼け死ぬだろう。
赤くない夕焼けを見た記憶がある。赤くないわけではなかった。赤という一色だけを特筆すべきではないと思わせる景色だった。
わたしは幼い友人に言った。
「きれい空だねえ」
友人は妙な顔をして、こう答えた。
「どこが? 気持ち悪いじゃん」
そうか、この空はむしろ気持ち悪い景色として認識しなくてはならないのか。
頭の中の濁りは消えない。糞便が腸から溢れて脳に達したみたいだ。やがて目から溢れる。濁った涙。どろどろした涙。
カニバリズムを連想する。
自分の口が自分の頭を食べてしまいそうな。
涙が溢れる。今度は無理に止めようとしなかった。だらだら涙や鼻水を垂らしながら、部屋へと戻った。
涙は流れ続けている。早く枯れてしまえ、と他人事の頭で思う。
乳酸菌飲料をがぶ飲みして布団に潜る。
見えないおもちゃたちが笑っている。
わたしを嘲笑している。
それを手に取る力さえない。
悲しくて泣いているんじゃない。感情と呼べるほど立派なものじゃない。しいて言うならば感情そのものの涙。涙を流しているから悲しいのかもしれない、と思わせる涙。
ただ、おねしょのように涙を流しながら、布団に潜っている。
おもちゃたちの嘲笑を聞きながら、ぼんやりと思う。わたしは試されている。人間たちの後ろに存在する何かに、であって、お前たち人間に、ではない。
なのにお前たちはわたしを試そうとする。
それでいいのだ。お前はお前の後ろに存在しお前の言動を操っている何かに気づいていないだけだ。
とても中二病的な思考回路だ。
この涙はとても思春期的なものだ。
何かの芝居で、役者たちが黒い目線をつけているのを見た。
疲れたとか楽しいとか、わたしにもある。何が快楽かわかっている。
ただ、体が言うことを聞かないだけ。
涙が止まらないだけ。
知ったような顔しないで。知っていると思って話しかけて何度裏切られたことか。お前たちは何一つわかっちゃいない。わたしは何一つわかっちゃいない。わたしの体の。
その聴診器に向かって大声で叫びたくなる。
「お前は違う」
チャットでツンデレキャラだと言われたことがある。色恋の話になると急にかわいらしくなるそうだ。
色恋というより、人に好かれるのが苦手だ。一旦好かれると、その人が好きなわたしを維持しなくてはならない、と思ってしまう。相手の言うことやること一つ一つがそれを強制しているように思える。相手は好きだったその瞬間のわたしを根拠として話し行動する。だけど次の瞬間のわたしはその瞬間のわたしを「違う」と思っている。
だから、ツンデレキャラも「違う」と言いたくなる。その瞬間のわたしが。
自分で寝ているのか寝ていないのかわからないと自覚できる程度には覚醒している頭で、わたしを覆うシーツを見た。王女様が寝ているベッドに必ずついているようなあれ。
あなたたちは、シーツの向こうで生きている。
わたしはカプセル。中には禁忌がつまっている。
禁忌たちは思い出したように出口を探す。
涙腺を見つける。
カニバリズムを連想する。
自分の手を食べる蛸を思い出す。
わたしはわたしを食い潰している。
古びたコート。おばさん臭いと言われながら着続けてきた。まだ持ってるのか、と自分で感心するくらい着ている。
「そんな小さいこと気にしてどうすんの」
と高笑いするババアに、何故わたしはなれなかったのだろう。悲しみや苦しみやケガレを笑い飛ばす汚らしいババアに。
透明な心は「違う」としか言えない。さまざまな色を拒否するしかない。
汚れきれなかった魂を、わたしは押し殺す。
汚れきれなかった魂は、けして美しいものではない。
そちらから見ればケガレそのものだ。そちらにいる過去のわたしが必死に避けてきた、押し隠してきたものだ。
「人」という幻想を生きるためには殺さなければならないものだ。
子供のわたし。無垢でもなんでもないわたし。美やケガレという区別すらつかないわたし。
わたしは息を押し殺す。
殺されている魂は涙腺から悲鳴を上げる。
便器の陰から少女がこちらを見ていた。
分析シーンはしばしば便所として夢に表れるそうだが、そういうことか、と半分寝ている頭で思う。
そこはゴミ捨て場だった。
強烈な悪臭。強烈すぎていい匂いか悪い臭いかわからないほどの刺激臭。
酒に酔った時のような感覚。
少女に近づくと、人形だった。
見れば、あちこちにマネキンの欠片のようなものが落ちている。
あれは全部わたしだ、ということになるのだろう。
ゴミの山から、どす黒い液体が流れている。
まるで、ゴミの山が一つの生き物で、たまたまゴミに生まれ落ちたから、と周りからゴミを捨てられ、そのたびに傷ついているようだった。
ゴミを投げ込まれてゴミのバケモノは血を流していた。
鮮明に見える。
ゴミの一つ一つが。
明かりを照らしてもゴミはゴミだ。
ばき、と音が鳴る。
さっきの人形を踏み潰してしまったらしい。
これで拾われることもなかろう。
本意ではなかったが、いいことをしたと思う。
ゴミはゴミだ。
スーパーで買い物をしていた。釣り銭を受け取り損ねた。レジの人が拾ってくれた。
ただそれだけのことに涙が出そうになった。
滲む、とかそんなレベルじゃない。濁流だ。顔が涙をつめた風船にでもなったかのよう。
鼻を押さえながら品物を袋に入れ、そそくさと立ち去った。
部屋に戻り、さあ溢れろ、と思ったけど、涙は止まっていた。
濁った何かが頭の中に残っているようで気持ち悪い。というわけで中島みゆきを聞く。だけど泣けない。頭は冷めている。たとえば、そこで歌われている世界を精神分析の理屈で噛み砕いてしまう。
そうなると泣けない。
眠剤を飲む。ベッドに横になる。寝つけないけれど多少は楽になる。
昼過ぎ、ふらふらの頭で散歩に出る。
ある河川敷の横で立ち止まる。
空は曇っていた。川は濁っていた。
わたしにはそれらが出口に思えた。同時に、他の人はそれを抑圧的な風景として見るのだろう、と思った。
わたしの感覚は、たとえばそこが火災現場だとしたら、致命的なものとなる。煙が充満しているドアを見つけた。わたしはそこが出口と思ってしまう。
わたしは焼け死ぬだろう。
赤くない夕焼けを見た記憶がある。赤くないわけではなかった。赤という一色だけを特筆すべきではないと思わせる景色だった。
わたしは幼い友人に言った。
「きれい空だねえ」
友人は妙な顔をして、こう答えた。
「どこが? 気持ち悪いじゃん」
そうか、この空はむしろ気持ち悪い景色として認識しなくてはならないのか。
頭の中の濁りは消えない。糞便が腸から溢れて脳に達したみたいだ。やがて目から溢れる。濁った涙。どろどろした涙。
カニバリズムを連想する。
自分の口が自分の頭を食べてしまいそうな。
涙が溢れる。今度は無理に止めようとしなかった。だらだら涙や鼻水を垂らしながら、部屋へと戻った。
涙は流れ続けている。早く枯れてしまえ、と他人事の頭で思う。
乳酸菌飲料をがぶ飲みして布団に潜る。
見えないおもちゃたちが笑っている。
わたしを嘲笑している。
それを手に取る力さえない。
悲しくて泣いているんじゃない。感情と呼べるほど立派なものじゃない。しいて言うならば感情そのものの涙。涙を流しているから悲しいのかもしれない、と思わせる涙。
ただ、おねしょのように涙を流しながら、布団に潜っている。
おもちゃたちの嘲笑を聞きながら、ぼんやりと思う。わたしは試されている。人間たちの後ろに存在する何かに、であって、お前たち人間に、ではない。
なのにお前たちはわたしを試そうとする。
それでいいのだ。お前はお前の後ろに存在しお前の言動を操っている何かに気づいていないだけだ。
とても中二病的な思考回路だ。
この涙はとても思春期的なものだ。
何かの芝居で、役者たちが黒い目線をつけているのを見た。
疲れたとか楽しいとか、わたしにもある。何が快楽かわかっている。
ただ、体が言うことを聞かないだけ。
涙が止まらないだけ。
知ったような顔しないで。知っていると思って話しかけて何度裏切られたことか。お前たちは何一つわかっちゃいない。わたしは何一つわかっちゃいない。わたしの体の。
その聴診器に向かって大声で叫びたくなる。
「お前は違う」
チャットでツンデレキャラだと言われたことがある。色恋の話になると急にかわいらしくなるそうだ。
色恋というより、人に好かれるのが苦手だ。一旦好かれると、その人が好きなわたしを維持しなくてはならない、と思ってしまう。相手の言うことやること一つ一つがそれを強制しているように思える。相手は好きだったその瞬間のわたしを根拠として話し行動する。だけど次の瞬間のわたしはその瞬間のわたしを「違う」と思っている。
だから、ツンデレキャラも「違う」と言いたくなる。その瞬間のわたしが。
自分で寝ているのか寝ていないのかわからないと自覚できる程度には覚醒している頭で、わたしを覆うシーツを見た。王女様が寝ているベッドに必ずついているようなあれ。
あなたたちは、シーツの向こうで生きている。
わたしはカプセル。中には禁忌がつまっている。
禁忌たちは思い出したように出口を探す。
涙腺を見つける。
カニバリズムを連想する。
自分の手を食べる蛸を思い出す。
わたしはわたしを食い潰している。
古びたコート。おばさん臭いと言われながら着続けてきた。まだ持ってるのか、と自分で感心するくらい着ている。
「そんな小さいこと気にしてどうすんの」
と高笑いするババアに、何故わたしはなれなかったのだろう。悲しみや苦しみやケガレを笑い飛ばす汚らしいババアに。
透明な心は「違う」としか言えない。さまざまな色を拒否するしかない。
汚れきれなかった魂を、わたしは押し殺す。
汚れきれなかった魂は、けして美しいものではない。
そちらから見ればケガレそのものだ。そちらにいる過去のわたしが必死に避けてきた、押し隠してきたものだ。
「人」という幻想を生きるためには殺さなければならないものだ。
子供のわたし。無垢でもなんでもないわたし。美やケガレという区別すらつかないわたし。
わたしは息を押し殺す。
殺されている魂は涙腺から悲鳴を上げる。
便器の陰から少女がこちらを見ていた。
分析シーンはしばしば便所として夢に表れるそうだが、そういうことか、と半分寝ている頭で思う。
そこはゴミ捨て場だった。
強烈な悪臭。強烈すぎていい匂いか悪い臭いかわからないほどの刺激臭。
酒に酔った時のような感覚。
少女に近づくと、人形だった。
見れば、あちこちにマネキンの欠片のようなものが落ちている。
あれは全部わたしだ、ということになるのだろう。
ゴミの山から、どす黒い液体が流れている。
まるで、ゴミの山が一つの生き物で、たまたまゴミに生まれ落ちたから、と周りからゴミを捨てられ、そのたびに傷ついているようだった。
ゴミを投げ込まれてゴミのバケモノは血を流していた。
鮮明に見える。
ゴミの一つ一つが。
明かりを照らしてもゴミはゴミだ。
ばき、と音が鳴る。
さっきの人形を踏み潰してしまったらしい。
これで拾われることもなかろう。
本意ではなかったが、いいことをしたと思う。
ゴミはゴミだ。