あんたなんか知らない
2009/05/04/Mon
自分の部屋が自分の部屋のように思えない。
何かの施設みたいに感じる。
以前にもこういうことがあった。
外出中だけではない。外出中の方が頻繁なのは確かだが。
ここはどこだ?
……わかっている。見覚えがある。自分の部屋だ。
だけど、どこ?
囚人もこんな気分なんだろうか。
牢に閉じ込められた自分を他人事のように感じる何か。
ノエマは自壊する。
ラカン論に倣うなら現実界は到達不可能なので、以下の「現実界」は「現実界に親近する領野」とでも読み替えて読んで欲しい。
人は現実界と非現実界(象徴界・想像界)に二股をかけて生きている。どちらに重心をおくか。非現実界に重心を置いて生きている人々がほとんどだ。それが正常人であり神経症者である。
正常人の場合、二股というより首につけた縄だ。体の一部としての縄。縄の先に現実界がある。この縄が切れてしまったら精神病としてのパラノイアとなる。
重心のほとんどを非現実界に置いておきながら、パラノイアという幻想のみを生きる人間になることはない。これは木村敏論で言うところの「アンテ・フェストゥムとポスト・フェストゥムの中間を奇跡的に生きているのが正常人」という主張と相当する。
一方、本当に二股をかけている人種もいる。イントラ・フェストゥムである。
この現実界と非現実界は磁石の同極のように反発しあう。
縄でそれらを繋げている正常人は、磁力の反発に対応できる。なんせ縄なのだから。とはいえ時々首が絞まったりすることもあろう。それが神経症の症状である。
しかし、本当に二股をかけているイントラ・フェストゥムは、常に体が引き裂かれるような痛みを感じている。木村論でアンテ・フェストゥムに分類されている分裂病者もこの状態にある。
磁石の同極のように反発する二つの領域、現実と幻想の軋轢に苦しんでいる。
縄を持っていないから。
この縄は、おそらくビオン論で言う「容器」「接触防壁」に相当するだろう。
デムパ度高い文章だな。
『お人形畑』がもぞもぞする。
何かの施設みたいに感じる。
以前にもこういうことがあった。
外出中だけではない。外出中の方が頻繁なのは確かだが。
ここはどこだ?
……わかっている。見覚えがある。自分の部屋だ。
だけど、どこ?
囚人もこんな気分なんだろうか。
牢に閉じ込められた自分を他人事のように感じる何か。
ノエマは自壊する。
ラカン論に倣うなら現実界は到達不可能なので、以下の「現実界」は「現実界に親近する領野」とでも読み替えて読んで欲しい。
人は現実界と非現実界(象徴界・想像界)に二股をかけて生きている。どちらに重心をおくか。非現実界に重心を置いて生きている人々がほとんどだ。それが正常人であり神経症者である。
正常人の場合、二股というより首につけた縄だ。体の一部としての縄。縄の先に現実界がある。この縄が切れてしまったら精神病としてのパラノイアとなる。
重心のほとんどを非現実界に置いておきながら、パラノイアという幻想のみを生きる人間になることはない。これは木村敏論で言うところの「アンテ・フェストゥムとポスト・フェストゥムの中間を奇跡的に生きているのが正常人」という主張と相当する。
一方、本当に二股をかけている人種もいる。イントラ・フェストゥムである。
この現実界と非現実界は磁石の同極のように反発しあう。
縄でそれらを繋げている正常人は、磁力の反発に対応できる。なんせ縄なのだから。とはいえ時々首が絞まったりすることもあろう。それが神経症の症状である。
しかし、本当に二股をかけているイントラ・フェストゥムは、常に体が引き裂かれるような痛みを感じている。木村論でアンテ・フェストゥムに分類されている分裂病者もこの状態にある。
磁石の同極のように反発する二つの領域、現実と幻想の軋轢に苦しんでいる。
縄を持っていないから。
この縄は、おそらくビオン論で言う「容器」「接触防壁」に相当するだろう。
デムパ度高い文章だな。
『お人形畑』がもぞもぞする。