>臨床の訓練を積んだにもかかわらず、やめたんです。
ふうん、訓練積んでそれならもともと才能なかったんだね。
2010-04-28 水 05:26:19 /URL /脂 /
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>フロイトやソシュールやコジェーヴなんかから継ぎ接ぎして、人間関係の構造図式を考えていったわけです。
そだね。ラカン論はつぎはぎ。それは同意。
それがとってもブリコラージュ的で、むしろわたしは信頼できる。
2010-04-28 水 05:27:45 /URL /脂 /
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なんかこう、うぶこいエディコンおっさんにとやかく言われても「ふうん(にやにや)」としか思えないわ(笑)。
>実はラカンにはそういう症状のフィードバックが一切ないんですよ。
ラカンはパラノイアコンプレックスだと思うんだがな。
そういった意味ではスキゾイドっぽいのかもしれん。
2010-04-28 水 05:30:32 /URL /脂 /
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あとな、この文章、
>なんか幻覚の話だけど、幻覚があったら統合失調症、ってのおかしいな、と思う。幻覚は幻覚なんだろうけど、明らかに統失っぽくない幻覚が多い。なんて言うんだろうな、妄想と幻覚の違い? みたいな。
自分のこと話してるんじゃないよ?
統合失調症って診断された人のブログ見てて思ったんだ。その人の幻覚は、なんか「ウケ狙い」に見える。もちろんブログに書く時点で、体裁整えているから、っていうのはあるんだろうけど。
自動書記とか、自然発生的じゃん。統合失調症の幻覚ってそういうもんだと思うんだけど、その人の書く幻覚は、なんかこう、作意的って言うかな、多重人格者のそれのように思える。
多重人格とヒステリーの関連性は知ってるよな? 今は解離性同一性障害なんだし。
だから「この人統合失調症って言うよりヒステリーなんじゃないの?」って思ったんだ。
いやまあ、サイトに公開するくらいだから、ぎりぎり残っている正常な頭で、「わかりやすく体裁を整えた」のかもしれんが。
わかりやすく言えば、『ノルウェイの森』と『杳子』の違い。
君なんか誤読してない?
これわたしが自分のことについて書いたと思ってないかい?
2010-04-28 水 05:35:40 /URL /脂 /
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削除されると残ったコメントをあとで読んでわけわからんくなるから、一応メモ代わりでコピペしとくな。
>Q.分析家が幸福になるにはどうすればいいですか?
>A.臨床をやめればよいです。
自分としては、そういうことではないんですよ。
分析家の「幸福」なんてどうでもいいわけです。重要なのは「患者の症状」をなんとかすることでしょう。
だから私はいつも「患者の症状を自分にフィードバックして考えろ」と言い続けているわけですよ。
これは精神分析限定ではなくて、全ての心理療法・精神医学に向けての言葉です。
フロイトは「男のヒステリー」で「強迫神経症」だったから、その分野では非常に的確な研究成果を残しています。
ユングは分裂病だったので、分裂病からどのようにして立ち直っていったかを延々と述べています。
ラカンは…実はラカンにはそういう症状のフィードバックが一切ないんですよ。つまり臨床をしていても、共感できなかったんです。
だから、フロイトやソシュールやコジェーヴなんかから継ぎ接ぎして、人間関係の構造図式を考えていったわけです。
だから、ラカンの『エクリ』や『セミネール』を読んでも、「社会学や哲学に応用できる」という印象は持っても、「臨床に有効だ」ということにはならない。
ラカンは臨床をしたのではなくて、患者を「観察」したんです。だから私はラカンの精神分析を「観察論」というふうに呼んでいます。
つまり私にとってラカンもフロイトも「あることのための one of them 」に過ぎないんです。
だから、臨床の訓練を積んだにもかかわらず、やめたんです。
2010-04-27 火 22:51:14 /URL /kidahara /編集
>なんか幻覚の話だけど、幻覚があったら統合失調症、ってのおかしいな、と思う。幻覚は幻覚なんだろうけど、明らかに統失っぽくない幻覚が多い。なんて言うんだろうな、妄想と幻覚の違い? みたいな。
これは、私がブログの文章だけから感じた見解ですから、まあ参考程度に読んで下さい。
それにすぐ、削除しますからね。
脂さんは、「境界例」に相当すると思います。
要するに「パーソナリティー障害」の一種です。
ですから、きっかけがあればというと変な言い方ですが、悪条件が揃えばかなりの高確率で「統合失調症」へと移行します。
以下、参考までに。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%83%E7%95%8C%E4%BE%8B
2010-04-27 火 23:00:37 /URL /kidahara /編集
追記
忘れていました。
ラカン派の診断基準ですと、「前精神病」ということになるかと思います。
2010-04-27 火 23:31:58 /URL /kidahara /編集
2010-04-28 水 05:37:38 /URL /脂 /
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ちょっと会話しただけの印象だから、参考程度に読んでほしいんだけど、
>「患者の症状を自分にフィードバックして考えろ」と
わたしが患者だとしたら(君はそう言っているよな)、君は「患者に自分の症状を押しつけている」な。
言っていることとやっていることがまったく逆。
2010-04-28 水 05:41:02 /URL /脂 /
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まあ、日常的なコミュニケーションなんて全部「自分の症状を相手に押しつける」ことになるのか。
普通なんだな、君のコミュニケーションは。
わたしを臨床してたわけじゃなくて日常的な会話をしていただけ、ってことだから、別に問題なし。
2010-04-28 水 05:42:39 /URL /脂 /
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わたし別にパーソナリティ障害でいいから、君の話とってもつまんないので、無理して書かなくていいよ?
なんかこう、わたしにかまってもらいたくて必死なように見える。
「なぜか変換できない」事件にしろ。
2010-04-28 水 05:44:36 /URL /脂 /
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ちなみに、「共感」ってどんな意味で言っているのかわからんが、一般的な意味での「共感」なら、それこそがこのブログで言っている「精液」だよ。ツレションメス犬どもがまきちらかす臭くて汚いもの。キリスト教聖霊主義なんてな要するに共感主義だ。だからわたしは高校生の頃それを「ねばっこくて汚らしいもの」と感じたと。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-598.html
で、周りの多くの人は、このねばっこくて汚らしいものを、むしろ気持ちよく思っているらしい。それが幸福というものらしい。
このせいで病んだ、とは言わない。ただ、わたしの記憶のある限りでは、おそらくこれは一貫してあるわたしの性質だ。
これを解明したいだけなんだよな。
それはどういうものなのか。
なぜ多くの人はそれを気持ちよく感じて、わたしは感じられないのか。
2010-04-28 水 06:10:41 /URL /脂 /
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「共感」ってえのがわたしの言う「精液」なら、それは「自分へ症状をフィードバックする」ことなどではなく「自分の症状の押しつけ」だ。
2010-04-28 水 06:20:00 /URL /脂 /
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中坊さんなんかはこの「精液」を隠すのがうまい。
ときどきぴろろって出てくるけどね。その出方がとってもちっちゃなちんちんぽいから向こうコメントでもそう言っている。
2010-04-28 水 06:42:25 /URL /脂 /
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で、まあ、君の言いたいことは受領したが、それでも「じゃあ精神分析やめれば済む話じゃん」ってのは残ると思うんだけど。
フロイト派もユング派も残っているわけだし。
臨床界隈ではラカン派なんて窓際の窓際だし。
ってどうなんだろうな、精神分析閥では、日本の臨床界隈では、ユング派、フロイト娘派がメジャーだと思うんだが。ロジャーズ入れるならそれもメジャーか。
やめればっつうよりフロイト派やユング派になれば? か。
いいんじゃね。そんなのただの村のしがらみだし。
あたしも自分はラカニアンじゃなくてクリステヴァ派だと思ってるし。
2010-04-28 水 06:46:27 /URL /脂 /
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あ、それと、
>統合失調症って診断された人のブログ見てて思ったんだ。
だけど、その人以外の臨床報告見ても、まあそれは報告者の主観が混じってるからだと思って今まで言及しなかったんだが、「統失らしくない作意的な幻覚」が多いと思う。いやもちろんそうじゃないのもあるし(「多い」ってのは「大部分がそう」って意味ではない、「稀によくある」的な)、報告者の主観問題じゃないな、とは思っているけど。診断基準の問題だとわたしは思っている。つまり、「ヒステリー盲目や多重人格のような幻覚でも、幻覚があるからって統合失調症と診断しているのではないか」と。
中井久夫なんかは「観察者の主観は入るのは当然で仕方ない。それをどうするかが問題」って考えだったと思うよ。
2010-04-28 水 06:49:45 /URL /脂 /
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わかった、木田原くんって、自分の内面を省みる度合いが少ないんだな。
大体彼の言うことは「他人がどうだ」って話で、自分がなぜそう思うのか、って話をほとんどしない。ブログでも。
まあしないのが普通だけどね。
2010-04-28 水 06:59:15 /URL /脂 /
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この話なら、なぜ自分は「患者の症状を自分にフィードバックして考えろ」と思うのか、とか。
君が「共感したい」だけじゃね?
2010-04-28 水 07:00:20 /URL /脂 /
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「患者の症状を自分にフィードバックして考えろ」
って、確かに臨床としてとても正しい言い分だと思うけど、木田原くんのばやい、それが「自分の症状を棚上げにする言い訳」になっている気がするよ。
患者の症状ばかり見てるから、自分の症状を患者に押しつけていることに気づかない。
君臨床家じゃないだろ。臨床家なら、分析家同士の閉鎖的な、共産主義の洗脳でよくある集団で批判しあうみたいな、そういうのがあると思うんだが(それこそ藤田vs向井のぎゃーぎゃーなんかはそういう方向へ発展していきそうなものだった)、それがない。
自分の色眼鏡は自分じゃ気づかないもんだぜ。
もちろんわたしもそうだ。
ただわたしは現役メンヘラで、社会的に自分を省みさせられる立場にいるから、便利よねー、って話。
2010-04-28 水 07:08:41 /URL /脂 /
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「転移」と「共感」を同じものだとしか思えないなら(いや同じではあるんだが)、君は分析家に、科学者に向いていない、ってだけの話だよ。
科学者の「物に対する興味」は「共感」とは言えないだろ。
それはある面から見れば、君の言う通り「残酷」なものでもある。
そうだよな、物理学なんてのは、「この小石はどういう風にできているんだろう」と思って、小石を割ってみた。もう一度割ってみた。またまた割ってみた……ってしてって、分子や電子を発見したんだ。
小石から見ればそりゃー残酷な仕打ちになるわな。
2010-04-28 水 07:29:37 /URL /脂 /
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めんどくせーなー。なんでただのメンヘラのあたしがこんな奴の相手しなきゃいけないんだ。
木田原くんラカン協会に入ってるんだっけ。
ラカン協会の人たちこいつの相手してやれよ。
「教育分析」って奴を。
あ、臨床家じゃない哲学者やら社会学者が多いからできないのか(笑)。
2010-04-28 水 07:34:06 /URL /脂 /
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>別にその一文だけとった印象ではないですよ。
いや、別にわたしが境界例だっていうのはそれでいいんだが(つかわたしも自分の文章を見て「ボーダーくせえ」って書いた覚えがある)、その一文を、君が誤読しているかどうか、って話なんだが。
>それから、いまかかっている病院は別のちゃんとした病院に変えた方がいいでしょう。
君お医者さん? そういう資格持ってるの? 多分持ってないよな。マスコミとか広告代理店にいたって言ってたし。
それで病院変えて、症状が悪化したとしよう。それでわたしは君を訴えたとする。
君負けると思うよ。
いや訴えないけどさ。そも君わたしの中ではただのうぶこいおっさんで、精神分析についても、頭だけで理解している人、って感じだし、言うこと聞く気が起きない。要するに、わたしは君を信頼していないから、そんなことは起こらないだろうね、って話。
治療方針についてどうこう言うのって、そういうリスクがあること気にした方がいいべ。本職すらよく訴えられてるんだし。
ま、余計なお世話かもしれんけど。
わたしの印象では君(精神分析としての)臨床は素人だし、そも「臨床と治療は別物」って、頭ではわかってても、具体を伴ってわかってないんじゃないかい。
>6・7月に落ちる傾向があるようですから、これから気をつけた方がいいでしょう。
ああうん、梅雨場は体調が悪くなる。
もともと某関節がちょっと奇形で、日常生活には支障ないが、整体とか受けてるんだよな(ちゃんとした病院も行ってたことあるけど)。梅雨場はその関節が痛む。
体がぎすぎすするから鬱くなるってのはあると思う。
2010-04-28 水 09:32:55 /URL /脂 /
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2010-04-28 水 09:39:10 / / /
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あと木田原くんや、君精神科医自体に罹ったことすらないんじゃね?
診断名は確かに重要だ。どの薬を与えるべきか、という判断の基準である。
だけどだな。現場では、それはあくまで基準であって、対処療法的に、臨機応変に対応しているんだ。
要するに、「Aという診断名だから、Bという薬をあげなきゃならない」って決まりはないのね。あくまで参照すべきものとしてDSMとかはある。
実際、自閉症者に与える薬なんか、強迫性障害や抑鬱状態の人に与える薬と同じだったりする。
まあ、自閉症自体への特効薬なんて存在しないから、対処療法的に、そういった薬で二次障害を抑えている、って話で、別にわたしはそういったことをする医師を批判しているわけじゃない。
境界性人格障害にしてもそうだ。それを劇的に治す特効薬なんてないだろ? だから現場では、他の精神疾患にも与える薬を、対処療法的に、与えていたりすると思う。
でもまあ、全体的な治療計画とかにも影響するから、診断はなるべく正しくした方がいいと思うけどね。
わたしは精神疾患に対する治療なんて、ほぼ対処療法だ、って思っていて、別に診断名なんてのも、対処療法をどうするか、という判断をするための一つの道具でしかない、と思っているから、「別に診断名はなんでもいいよ」って思ってるけど。
つか最初複数の診断受けて、「はあ?」って思ったのが、精神医学の本買うきっかけだったんだよな。そっから精神分析にはまった。
で、いろいろ調べて、お医者さんの話とか聞いているうちに(ここにコメントしてるときしんさんってのも一応自称お医者さんだ)、精神科の現場ってのがどんなんかわかっただけだよ。
ジャーナリストみたいなもんだ(笑)。
2010-04-28 水 10:01:54 /URL /脂 /
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>2010-04-28 水 09:39:10 の非公開コメントさん
いえいえです。
2010-04-28 水 10:21:42 /URL /脂 /
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あ、ごめん。あたし個人的に「精神科医とは薬の自動販売機だ」って思ってる人だから、薬がどうのこうのって話になっちゃう。
って病む前の社会人時代に、飲み屋でしりあった某精神科医さんが、そんなようなこと言ってたから、それを真に受けてるだけかもしれないけど。なんて言ったかな。
「精神科医なんてそれっぽい薬あげるだけよ」
とかかな。まあただの謙遜だったのかもしれないが。
2010-04-28 水 10:37:35 /URL /脂 /
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別にわたし一人が君を臨床家として信用してなくてもいいじゃん。
君分析家の資格持ってないって書いてなかったっけ。
もし持ってたとしても、君がそういったカウンリングルームを開業したとして、わたし一人が「信用してない」って思ってるだけ。別に「この分析家は信用しちゃいけない」なんてキャンペーンとかするつもりはないよ。
つかラカン協会でも半分以上はわたしは臨床家として信用していない。まあラカン派なんて哲学者とか多いからな。
そんなキャンペーンしてたら身がもたん。
信頼できる、とは言わないけど、受けてみよっかなー、と思えるのは、十川あたりかな。精神分析メインで仕事してるみたいだし。次点で藤田。向井は受けようと思わない。でもそれは君みたいに「臨床家として信頼していない」のではなく、どうも彼の専門分野がわたしの方向じゃなさそう、ってだけ。臨床家としての判断は保留。
患者側が分析家を臨床してもいいじゃなーい(笑)。
治療は違法になるみたいだけどな。
もちろん分析受けて、つか分析じゃなくても実際に会話して、「あ、こいつだめだ」って思うかもしれんが。つか十川も藤田もその可能性は高い気がする。わたしの人生経験上。
2010-04-28 水 10:58:08 /URL /脂 /
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つかさー、そりゃー当初は、わたしの方から殴り込んだわけで、それまで君わたしのこと知らなかっただろうし、わたしの方が勝手に君に興味持っていた、ってことになる。
だけど話して、興味が薄れちゃったんだよ。
なのに、君はこうやって、わたしの心配してか知らないが、「病院変えた方がいい」とまで言う。わたしに訴えられるかもしれないリスクまで犯して。
今は、転移関係は逆転してるんだよ。
君がわたしに転移していて(もちろん正的な転移ではなかろうが)、わたしは君に転移してないんだな。正直言って、「ただ邪魔なだけ」。仕事しようとして、テーブルの上に散らかっている書類みたいなもの。
さて、このとき、どちらが分析家としてあるべき立場だろうかねえ?
ヒント:逆転移はしちゃいけないんだよな。
最初、君はわたしにとっての分析家になりうる立場だったのに、失敗した、ってだけだよ。
もちろんわたし一人というクライエントについて失敗したってだけ。
精神分析なんて失敗はつきものだろ。十川だって半分くらいは失敗してんじゃね。藤田はメインは精神分析家じゃなくて精神科医みたいだし、ちゃんと治してるとは思う。薬とかで。
西洋医学バンジャイ。
2010-04-28 水 11:11:31 /URL /脂 /
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つか日経がやっと下がってくれたのでちょっと機嫌がいいだけかもしれない(笑)。
昔はGW前とか上値重かったんだけどなあ。
チャート汚くなっただけじゃん。
2010-04-28 水 11:23:10 /URL /脂 /
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某相場師の格言。
「好景気は先を予測しやすいが、不況は予測しにくい」
2010-04-28 水 11:32:43 /URL /脂 /
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あ、一般読者向けに。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-226.html
で、わたしは
=====
自分では違うと言うけどね。ボーダーはむしろ愛憎がくっきり分かれているから、充実身体上の強度的なある地点で混濁する。それが症状として強烈だから、そんな印象になるだけ。むしろ超自我が人一倍強い故そこから漏れちゃうのがボーダー、って説やね。わたしは超自我は弱いと思う。愛憎が混淆している状態の方が長い。ある強度的地点で、やっと愛か憎かに固定される。ボーダーと逆。
=====
と書いていて、「言っていること矛盾してんじゃねえか」と思われるかもしれない。
実は矛盾してないんだな。
というのは、木田原くんが言っている「境界例」は、昔の定義で話しているんだ。いや精神分析なんてそういうものよ。精神医学からはスルーされてる。精神分析の(診断名などと言った)語用は、DSMなどのマニュアルとはほぼ一致しない。ヒステリーなんて今は解離性障害やら転換性障害やら(一部の)境界性人格障害やらに分割されているが、精神分析ではいまだ「ヒステリー」という病名を用いることが多い。
まあ要するに、精神医学と精神分析は別々の歴史を歩んできた、ってわけ。
んで。
この記事で述べている「ボーダー」は、まさしくBPDで、DSMに則った意味なんだ。
一方、木田原くんの言う、語源的な意味での「境界例」なら、わたしは「ああうん」って思わなくないんだな。
というのは、そもそも「境界例」ってのは「精神病(つまり分裂病とパラノイア)と神経症の境界」って意味だったんだ。
で、今の精神医学的には、それは、「境界性人格障害」と「分裂病質人格障害(スキゾイド)」と「分裂病型人格障害」とに分けられている。
つまり、木田原くん的語用の「境界例」は、この記事で言うところの
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-284.html
「スキゾフレニックなボーダー」も「パラノイアックなボーダー」も含まれているんだ。
これを現代精神医学的に言えば、スキゾイドや分裂病型人格障害が「スキゾフレニックなボーダー」となる。
で。
わたし自分を振り返って、スキゾイドはびみょーだけど、分裂病型人格障害ならあてはまるよなあ、と思ってるんだ。どっかの記事にも書いたと思うけど。あった。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-301.html
=====
しかし、精神分析あるいは精神医学を学ぶにつれ、それは統合失調症やあるいは分裂病型人格障害に近いものであることを、他人事として理解できるようになりました。
=====
で、スキゾイドが分裂病になることは少ないけれど、分裂病型人格障害が分裂病になるのは、木田原くんの言う通り、よくあることなのね。臨床報告上は。よくあるっつっても八割がそうなるとかじゃないけど。三、四割とか? よくしらね。つかそんな統計してないと思う。
だから、木田原くんの指摘は、「まあそうよね、わたしもそう思った時期がある」って感じなんだ。
つまり、「わたしはボーダーじゃないと思う」と言ったのは、スキゾイドや分裂病型人格障害ではない境界性人格障害だとは思えない、という意味で、「わたしは境界例だと自分で思う」というのは、分裂病型人格障害だ、って意味なんだよ。
2010-04-28 水 14:18:04 /URL /脂 /
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で、幻覚については、わたしは自分のどれが幻覚かわかんないんだな。でも、他人が見ているものとは、意味が合致しないことが多い。だとするとそれはわたしの幻覚だ、ってことになる。
だから、「君のそれは幻覚だ」って言われたら「幻覚です」って言うと思うし、「君は幻覚なんか見ていない」と言われたら、「幻覚なんて見てません」って言うと思う。
2010-04-28 水 14:23:09 /URL /脂 /
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んで実際の診断名はパニ障+抑鬱状態なんだけど、パニ障ってのはてんかんの一種と考えられてたのね。子供の頃わたしはてんかんを疑われていた。だから、この診断名も、わからなくないよなあ、って思うんだ。
2010-04-28 水 14:29:34 /URL /脂 /
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2010-04-29 木 09:42:49 / / /
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今気づいたが木田原くんって「診断名をつけることが(精神分析の)臨床」だとか思ってるんじゃないだろうか。
もしそうなら素人中の素人なんだが。
2010-04-29 木 13:45:57 /URL /脂 /
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